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高橋一生の弟が似てない理由!父親が3人いる生い立ちとは!?

高橋一生の弟が似てない理由!父親が3人いる生い立ちとは!?

高橋一生には4人もの弟がいると話題ですが、いずれの弟とも顔が全然似ていないと話題です。

高橋と弟が似てない理由には、家庭の深いわけがありました。

今回は、高橋一生と弟が似てない理由や父親が三人いる生い立ちや母親との絶縁についてまとめていきます。



高橋一生の弟は4人もいた!似てない理由は異父兄弟!

高橋一生の弟は4人もいた!似てない理由は異父兄弟!

高橋一生には、弟が4人もいます。

そして高橋一生には、父親が3人いました。

  • 高橋一生は1人目の父親から
  • 次男・三男は2人目の父親から
  • 四男・五男は3人目の父親

5人兄弟の長男の高橋一生ですが、4人の弟は父親が違う異父兄弟でした。

五男にあたる弟とは、18歳の歳の差、父と子ほどの歳の差がありました。

高橋一生の弟は4人もいた!似てない理由は異父兄弟!

高橋一生の父親は5歳の時に他界し、母親も事業の失敗を繰り返す人生で、高橋が弟の親代わりをしていました。

高橋は弟のオムツの取り換えやミルクの世話を一人でしていたとか。

三男の弟は安部勇磨!バンドのボーカル

三男の弟は安部勇磨!バンドのボーカル

高橋一生の三男の弟の名前は安部勇磨で、ネバーヤングビーチ(never young beach)というバンドでボーカルとギターを担当しています。

弟の安部勇磨の顔写真がこちらです。

三男の弟は安部勇磨!バンドのボーカル

高橋一生に全然似ていないです。

高橋一生と安部勇磨は父親が違う異父兄弟なため、似てなくて当然です。

生年月日は1990年9月で、出身地は東京都世田谷区です。

五男末っ子の弟は寿司職人!?

高橋一生の五男末っ子の弟は寿司職人!?

五男で末っ子の高橋一生の弟は、寿司職人をしていると言われています。

一般人のため名前や顔写真は公開されていません。

末っ子の弟のために、高橋一生は修行させてくれる店を探し回ったそうです。

末っ子の弟は寿司職人と言われていますが、噂ではまだ見習いとも言われています。

次男と四男は一般人

高橋一生の次男と四男は一般人

次男の弟は、デザイン関係の仕事をしているそうです。

四男の弟は、仕事はわかっていません。

ふたりとも一般人のため、名前や顔写真は公表されていません。

しゅうしゅうは弟じゃない

しゅうしゅうは高橋一生の弟じゃない

ファッションコーディネーターのしゅうしゅうが、高橋一生の弟なのでは?と言われています。

顔写真を見ると、二人とも顔が似ていますね。

しゅうしゅうは高橋一生の弟じゃない

ツイッターの書き込みには、「高橋一生の弟」と書かれています。

しかしこれはしゅうしゅうの面白半分のネタで、周りから高橋一生に似ていると言われて、ふざけていただけのことでした。




高橋一生の生い立ち!母親に翻弄される幼少時代

高橋一生の生い立ち!母親に翻弄される幼少時代

高橋一生には異父兄弟が4人もいて、実の父とは5歳の時に死別していました。

仕事一筋だった母親は、高橋一生を祖母のもとに預けます。

高橋一生の実家は赤坂にあるということで、高級住宅街を想像させます。

高橋は習い事で児童劇団に

高橋は習い事で児童劇団に

高橋が現在のように立派に育ったのは祖母の影響が大きいようです。

祖母は高橋に様々な習い事をさせていました。

どれも長続きはしなかったようですが、児童劇団はずっと続いていました

高橋は、発表会を見に来てくれるおばあちゃんが喜ぶ姿がうれしかったと話しています。

高橋は習い事で児童劇団に!祖母との画像

そして母親も子役活動を一応認めていたものの、

「夢を追うというより生き残るためのポジション取りをするように」

と高橋に行っていました。

母親の言動を聞くと、サバイバルな環境で生きてきた人なのかと思いますね。

転居先がどこも高級住宅街

転居先がどこも高級住宅街

高橋一生は1993年4月に港区立青山中学校へ入学します。

しかしその後、母親の事業の失敗が原因で、いろいろな家を転々としていました。

転居先は、

青山→赤坂→成城→祖師谷→千駄木→本駒込→後楽園周辺→三軒茶屋→祐天寺

とどこも高級住宅街ですね。

母親とついに縁切り

高橋一生は母親と縁切り

母親は高橋一生が子供の頃にお金を借りに行かせる毒親だったそうです。

金持ちの友達や弟が好きな子の家にお金を借りに行かせていました。

そして高橋が子役時代には、子役で稼いだお金を母親に渡していました。

また母親は、弟のギターや高橋一生のクルマを勝手に売り払ってしまうことも。

高橋一生は、そんな金遣いのひどい母親に我慢ならず、母親に絶縁を言い渡し家を出ました。

そんな母親も53歳で他界し、死に目には高橋も立ち会ったそうです。

高橋は弟たちに家計簿をつけさせていた!

高橋は弟たちに家計簿をつけさせていた!

金遣いのひどい母親を見てきたからか、高橋一生は弟たちに家計簿をつけさせていました。

高橋は、「若いころは抑圧をかけないといけない」という考えを持っていました。

また「規律的なことをやってからの自由というのが一番人生として美しい」とも語っていて、

お金に対してきちんとした考えを持っているようです。




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がわごん
旅行グッズアドバイザー。 年4回海外を旅する私が、旅行グッズの選び方や最新情報を発信。 本ブログを含めて複数のブログを運営中。